幸福追求権

フィクションだったらよかったのに

新しいチーズを求めて(古く小さい広告代理店の未来についての憂い)

小さい総合広告代理店で働いて、1年と3ヶ月が経った。

それなりに楽しく働きつつも、私はいま転職しようとしている。

 

今の会社には未来がなさそうだ。

これからは、純粋な代理業のみでは生き残っていくのは難しいのではないかと思うのだが、上司や経営層にその危機感は見られない。売上が徐々に減少しているにもかかわらず、過去の成功に味をしめ慢心しているおじさんたちと働くの、もう嫌になっちゃった。

  

代理業の面白いところは、様々な事業に関われるところだと思う。手数料ビジネスなので薄利なのが難点だが、多数の事業にちょっとずつ関わる中で経験値とノウハウを蓄積できる。

そして顧客の事業を俯瞰する視点を持っているという強みがある。これは顧客自身にはどうしても手に入らない視点であり、我々の大きな価値だ。

ただ、代理店は基本的に不利な立場に置かれやすい。

世の中にはこんなにも代理店が溢れているが、そんなにこぞってやるような旨味のある仕事なのだろうか...。

顧客は我々代理店をいかに安く使うかというところに心血を注いでいるし、問題が起きた時は代理店に責任と損害を押し付けようとしてくる。うまく立ち回らないと顧客にいいように使われて捨てられてしまう危険性がある。

代理店の営業として働いてみてびっくりしたのが、大胆に値切ってきたり、仕事をあげるからと雑用を押し付けてくる顧客もそれなりにいることだ。

代理店の利益が少なくなるような値切りを、代理店の人間に面と向かってするような神経の図太さを私は持ち合わせていないので、最初のうちは戸惑ったし、その図太さに感心したものだ。

代理店の人間とて、霞を食って生きているのではないのだが。それを笑顔で面と向かって値切れる図太さがある人間たち、生きていくのがさぞかし楽なことだろう。 

そして、それをあっさりと、ヘコヘコしながら受け入れる上司にも驚いた。

あまりにも簡単に値引きして自社の利益を減らしてしまうし、ありえない量の雑用(大学生のバイトでもできるような大量のデータ入力など)を引き受け、私のような下っ端にそれを押し付ける。

社員である私の時間を雑用によって奪われることで、私が本来その時間で作り出せたであろう利益を失っているのだが、それについてはどう思っているんだろうか。何も考えてないんだろうけど。

なんでヘコヘコと笑顔で頭を下げながら不利益を受け入れているんだろう。不利益に抵抗しない、怒らないって生き物の在り方として気持ち悪い。

上司に抗議したことがある。

なぜそんなに簡単に値引きをし、関係ない雑用を引き受けるのか。

明らかにバカにされている、断ればいいじゃないかと。

上司は、受け入れないと他の代理店に扱いを取られてしまうから受け入れるしかないと答えた。

一度値引きをしたり雑用を受け入れたりと自分達を安売りしてしまうと、顧客はもうそれ以上の金額を払わない。値引きできるなら最初からしとけくらいの態度だし、次はさらに安くしようと交渉してくる。

そのうちこちらがお金を払って仕事させてもらうようになりそうな勢いだ。

仮にうちが値引きや不利な条件を断ったとして、他で安易に値引きをする代理店が現れるとそこからは地獄の値引き合戦が始まる。あっちの代理店はこれだけ安くなった、お前らも安くできるだろう、どこまで安くできるんだ、と。

媒体に交渉し、限界まで自社の取り分を削り値引きをして案件を獲得したとして、残るのは削りに削ったわずかなマージンである。かけた時間と手間を考えると、とても割りに合わない。

そういう顧客は、代理店の人間は霞を食って生きていると、心の底から思っているのかもしれない。霞を食って生きているんじゃないんですよ、と顧客に言える上司のもとで働きたいよ。

 

案件を獲得した上で、値引きをさせないにはどうしたらいいか。

上司に聞くと、それは営業の手腕だ、人柄だと返ってきた。私はそんな不確かなものに頼って仕事をするのは危険だと思う。まずそんな人柄持ち合わせていないし、小手先の営業テクニックが金に勝てるのだろうか。

というかまあ、そもそも、上司が今までやって来られたのは、決して営業の手腕や人柄ではないと思う。ショックを受けるだろうから本人達には言わないが、人柄がいいからなんて不確かな理由ではないように見える。上司の人柄、別によくないし。

今までこの会社がやってこられたのは、営業をかける業界を絞り、閉鎖的で保守的なその業界の独特のルールに詳しくなることで、他の代理店より顧客の手間を減らすことができたからだ。

しかし徐々に他の代理店もこの業界に本格的に参入してくるようになり、ここ数年は案件を取られることが昔より増えてきたようだ。業界が昔ほど閉鎖的ではなくなってきて、他の代理店が入りやすくもなった。うち以外の選択肢も見えてきたため、顧客はより安い方、より使い勝手の良い方の代理店に仕事を任せようと考えるようになった。

独占してきた市場に競合が参入し、競争が生まれる。そうしてここ数年は売上が徐々に減り、バカみたいな価格競争をしている。

もし本当に人柄で仕事を取れるのであれば、他の代理店が参入してきても安泰だったはずだ。そんな不確かなものでビジネスしているんじゃない。多少長い付き合いがあろうと、コスパが悪ければあっさり切られる。

それが会社の今の状況であるらしい、1年と少し働いてみて見えてきた現実だ。

 

代理業の我々が自分の利益を守るためには、値引きをさせないためには、舐められないためには。代理だけじゃない、かつ顧客自らでは獲得不可能な価値が必要だ。

それは何か。

先に書いたように、代理店として様々な事業に関わって得た経験・ノウハウの蓄積と、顧客の事業を俯瞰する視点だと思う。

我々広告代理店で言えば、様々な事業のプロモーションの仕方を知っていること、広告そのものに関する知識があること、顧客を客観視できること。

これを活かして広告の代理業だけじゃない価値を提案するとしたら、プロモーション戦略をコンサルティングすることだろう。戦術の部分を代理で行うだけではなく、戦略まで手がけるパートナーになってしまえばいい。

プロモーション戦略のプロとして顧客の事業戦略にまで入り込むことで、替えの効かない存在になる。

 

この会社は、もうさすがに変わらなければならない。変化する状況から目を逸らさず、危機感を抱いて変わっていかなければ、淘汰されるだけだ。

しかし上司は現実を見ようとしない。此の期に及んで人柄という不確かな要素で仕事を獲得できたと思っているし、今後もそれで大丈夫だと思っている。

他社に案件を持っていかれることが増えてきているにも関わらずだ。

上司と何度か話す中で、説得はかなり難しいと悟った。

私に上司を説得し、この会社を変える力があったら良かったのだが。現実から必死で目を逸らし、過去の成功に甘んじ、一度見つけたチーズにしがみつく人間を動かすのは容易なことではない。

 

この会社に留まっていては、私までもが戦術の代理しかできない人間になってしまう。

私は生きていくために、値切られない価値を身に着ける必要がある。戦略を考えられる人間にならなければ。

そんなわけで、転職をしようと決めた。